短編小説: 承認待ちの国

承認待ちの国

その国では、何かを始める前に必ず
事前承認を取得しなければなりませんでした。

店を始めるのにも承認。
新しい料理を出すにも承認。
恋人にプロポーズするにも、もちろん承認。

「無秩序を防ぐためです」

政府広報は、いつも穏やかにそう説明します。

ある若い技術者が、
電池が長持ちする新しい装置を発明しました。

彼は申請書を提出します。

  • 安全性証明 312ページ

  • 想定外事象の予測 487項目

  • 社会心理的影響評価

  • 既存概念との整合性確認書

半年後、通知が届きました。

「前例がないため、判断基準を策定中です。」

一年後。

「判断基準策定のための委員会設置を検討中です。」

三年後。

「当該技術の必要性について社会的合意が確認できません。」

その頃、隣国では同じ装置が量産されていました。

ある主婦が、
スーパーで見慣れない野菜を見つけました。

棚の横には札が貼られています。

「現在、名称承認手続き中のため購入不可」

「食べられるの?」と彼女が尋ねると、

店員は笑顔で答えます。

「安全性が確認されるまで、食べられません。」

野菜はそのまま廃棄されました。
腐敗は承認済みだったからです。

やがて、大きな経済危機が訪れました。

世界は急速に変化します。

新しい働き方、
新しい金融技術、
新しい教育方法。

承認待ちの国では、特別会議が開かれました。

議題は一つ。

「変化を承認するかどうか」

議論は白熱しました。

「変化はリスクだ」
「しかし停滞もリスクだ」
「停滞は既知のリスクだが、変化は未知のリスクだ」

最終的に決議されました。

「既知のリスクは管理可能であるため、現状維持を承認する。」

国民は拍手しました。

安定が守られたのです。

十年後。

街は静かでした。

商店街はシャッターが下りたままですが、
無許可営業は一件もありません。

若者は海外へ出ていきますが、
出国もちゃんと承認されています。

技術者はもう発明しません。
彼らの仕事は、既存技術の保守と、
申請書の作成だけになりました。

政府広報は今日も言います。

「我が国は世界で最も安全です。」

確かにそうでした。

  • 失敗が起きない

  • 混乱も起きない

  • 事故も起きない

なぜなら、

何も起きないからです。

ある日、停電が発生しました。

原因は、老朽化した送電網。

更新計画は十年前に提出されていましたが、

「既存方式と異なるため追加検証が必要」

として保留中でした。

暗闇の中で、人々はスマートフォンの光を頼りに
政府の発表を待ちます。

やがて通知が届きました。

「現在、復旧方法を承認審査中です。」

街は静まり返っています。

混乱はありません。

抗議もありません。

なぜなら、

未承認の怒りは表明できないからです。

その国の標語は、
今も公共施設の壁に掲げられています。

「安心とは、可能性を管理することである。」

ただ誰も気づきませんでした。

管理されていたのは、
可能性ではなく、未来そのものだったことに。



あとがき

日本は、制度設計の面ではどちらかといえばホワイトリスト的な発想が強い国のように思います。
本来それが立法や行政の枠組みにとどまるのであれば、一つの選択として理解できます。秩序や安全を重んじるという意味では合理性もあるでしょう。

ただ、私が気になっているのは、その発想が制度の外側――社会全体の空気感にまで広がっているように感じられる点です。

明示的に認められたものだけが正しく、前例のない試みや枠からはみ出す行動は、まず慎重に見られる。
いわゆる「出る杭は打たれる」という感覚は、その延長線上にあるのかもしれません。

もちろん、完全なブラックリスト方式が理想だと言いたいわけではありません。
秩序と自由は常にバランスの問題です。

ただ、社会全体の思考までが「まず許可ありき」になってしまうと、新しい発想や挑戦の芽が、制度に触れる前の段階で萎んでしまう可能性があります。

もっと、
「原則として許容し、問題があれば修正する」
というブラックリスト的な姿勢に重心を移してもよいのではないか――

そんなことを感じています。

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