冷たい採掘コスト
計算結果は、最初から変わらなかった。
深海資源開発計画「トリトン」は、20年越しの悲願だった。
海底4000メートル、誰も踏み入れたことのない暗黒から、国家を守るための金属を引き上げる
――その響きは美しく、演説向きだった。
だが、スクリーンに映る数字は冷たい。
初期投資、3200億。
運用費、年200億。
想定供給量、防衛需要の1割未満。
成功確率、未確定。
私は防衛庁の会議室で、ただ1人、計算表を見つめていた。
外では雨が降っている。人影はまばらだ。この街も、来年には人口が1割減る。
「これで、供給リスクは下がる」
誰かが言った。
私は首を振った。
「下がるのは、帳簿の上だけです」
沈黙。
皆、分かっている。だが言わない。
同じ金額があれば、できることは他にもある。
技術士官の待遇改善。
予備役制度の再設計。
レアメタルのリサイクル率を3倍にする精錬設備。
無人化で、必要人員を半分にする研究。
どれも派手じゃない。
演説に向かない。
だが確実に、防衛力を増やす。
「しかし……資源がなければ、装備は作れない」
その言葉に、私は端末を切り替えた。
人口動態予測。
2040年、現役自衛要員、3割減。
「装備があっても、人がいなければ使えません」
誰も反論しなかった。
反論できないからだ。
ここには悪人はいない。
皆、国を守りたいだけだ。
だが「冷たい方程式」は、感情を代入項として認めない。
予算は有限。
人口は減る。
技術は万能ではない。
この3つが同時に真である以上、
すべてを選ぶ解は存在しない。
会議の最後、議長が言った。
「トリトンは……象徴として残す。規模を縮小し、技術実証に留める」
誰かが小さく息を吐いた。
英雄的な決断ではない。
だが、唯一成立する解だった。
私は端末を閉じた。
数字は変わらない。
世界も、優しくはならない。
それでも、この国は今日も守られる。
派手な夢を一つ切り捨てることで。
あとがき
「海底資源で日本は資源国になれる」という話を時々見かけます。
……ホンマかいな?
そう思ってAIに聞いてみたところ、海底資源に過度な期待をするのは筋が悪いという結論になりました。
民間企業が「これは儲かるかもしれない」と考えて投資するのは自由です。
しかし、国が税金を使って大規模に取り組むべきものかと言われると、かなり疑問があります。
AIに指摘されるまで意識していませんでしたが、環境への影響も無視できません。
私は基本的に人間ファーストの考え方をしています。
人間の利益が十分に大きいのであれば、ある程度の環境破壊はやむを得ない、という立場です。
ただ、海底資源開発については、どう考えても
環境破壊 >>>>> 人間の利益
という構図に見えてしまいます。
確かに、資源がないことは日本の弱点です。
しかし、日本は「資源がない国」でありながら、かつて世界第2位の経済大国でした。
今でも、総合的に見ればトップレベルの経済力を維持しています。
「資源がないこと」を弱点として無理に克服しようとするのではなく、
資源がないことを前提に、どう戦うかを考える。
その方が、日本にはずっと向いているのではないでしょうか。
資源がなくても、知恵と技術と制度で、国は十分に豊かでいられる。
少なくとも私は、海底資源に夢を見るより、その現実的な道を選びたいと思います。
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