短編小説: 無駄という名の抗体

無駄という名の抗体

とある国で国語の授業が廃止された。

正式には《実用言語処理》へ統合されたという。

理由は簡単だった。

「文学作品の読解能力は、所得との相関が低いため」。

新聞はその改革を歓迎した。

“ついに教育から無駄が消える”

という見出しが躍った。

小学校から、子供たちは効率を学んだ。

作文の授業では、「起承転結」は非推奨とされた。

転があると情報探索コストが増えるからだ。

理想的な文章は、

  • 結論

  • 根拠

  • 要求事項

の順で三十秒以内に読めるものだった。

教師は言った。

「感想は不要です。要点だけ書きましょう」

ある子供が、

「でも、この話、ちょっと悲しかったです」

と言った。

教師は困った顔をした。

「悲しい、という主観的表現は評価対象外です」

音楽も変わった。

旋律理論や古典は削除され、《聴覚刺激設計》になった。

「購買意欲を上げるテンポ」
「集中力を維持する周波数」
「離脱率を下げる和音」

生徒たちは暗記した。

誰も歌わなかった。

歴史も変わった。

思想や文化ではなく、《成功国家分析》が中心になった。

「この国はGDP成長率が低下したため衰退しました」

「この政策は労働効率を改善しました」

「この時代の芸術活動は経済的合理性に乏しいと考えられています」

学生たちは、歴史上の戦争を「サプライチェーン阻害イベント」として学んだ。

教科書は薄くなった。

とても読みやすくなった。

そして誰も読み返さなくなった。

大学改革はさらに徹底していた。

哲学科、文学科、天文学科、純粋数学科は順番に閉鎖された。

「社会需要が低い」が理由だった。

最後の哲学教授は閉鎖式典で、

「役に立つとは何か?」

と講演しようとしたが、持ち時間超過でマイクを切られた。

新聞は翌日、

“非効率な最後”

と評した。

社会は栄えていた。

若者は即戦力だった。

会議は短く、報告は簡潔で、全員が実務に強かった。

誰も脱線しない。

誰も無駄話をしない。

雑談は生産性低下行為として、企業評価項目から減点対象になった。

昼休み、公園のベンチで男が空を眺めていた。

通行人が通報した。

「勤務時間中に目的不明行動をしている者がいます」

ある年、大規模停電が起きた。

原因は不明。

発電網のどこかで、誰も見たことのない異常が連鎖していた。

国内最高の技術者たちが集められた。

彼らは極めて優秀だった。

マニュアル処理速度は世界最高水準。

だが障害は直らない。

「前例検索」

「該当なし」

「類似事例は?」

「一致率2%未満」

「では標準対応を繰り返してください」

六時間後。

「改善なし」

「改善なしを確認」

「確認しました」

会議は正確に循環した。

そこで、一人の老人が呼ばれた。

もう大学にも居場所がなく、地方で細々と暮らしていた元学者だった。

専門は純粋数学。

四十年前、国会でこう批判された分野である。

「税金で数字遊びをする意味があるのですか?」

老人は当時、こう答えた。

「意味が分かった頃には、質問した人はたぶん死んでいます」

その発言は「国民軽視」として大炎上した。

老人は資料を眺め、ぽつりと言った。

「美しいな」

技術者たちは顔を見合わせた。

「どこがです?」

「壊れ方がだ」

誰も理解できなかった。

壊れ方を美しいと言う感覚を、教育されていなかったからだ。

老人は紙を要求した。

「電子端末ではなく?」

「考えるには紙がいい」

若い官僚が首を傾げた。

「それ、効率悪くないですか?」

老人は笑った。

「効率だけ良かった結果が、今だろう」

その場が静まり返った。

空気が悪くなったので、誰かが換気効率を確認した。

三日後、物流が止まった。

五日後、金融が混乱した。

一週間後、人々は暇になった。

することがない。

そこで奇妙なことが起きた。

本屋に人が並び始めたのである。

閉店寸前だった古本屋に、若者たちが集まった。

「おすすめはありますか」

店主は戸惑った。

そんな質問をされるのは二十年ぶりだった。

「何が役に立ちますか?」

と若者は聞いた。

老人の店主は少し考え、

「たぶん、役には立たない」

と言った。

若者は、なぜか少し嬉しそうな顔をした。

あとがき

最近の教育現場では、プログラミングや金融知識といった『道具の使い方』を教えることに躍起になっているように見えます。しかし、道具の使い方は必要になれば後からでも学べます。

私が危惧するのは、道具を生み出す根源となる『基礎』が軽視されることです。それは、実を結ばせることばかりに気を取られて、樹木の根に水をやるのを忘れるようなものです。根(基礎研究)が深く張らなければ、やがて新しい果実(応用技術)が実ることもなくなります。

応用は社会が勝手に加速させますが、基礎は社会が守らなければ衰退します。義務教育という限られた時間の中で、本当に教えるべきは『今すぐ役立つこと』ではなく、『いつまでも価値を失わない真理』ではないでしょうか。

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