空への門
国の中央に、「期待局」という役所があった。
表向きの業務は統計の管理である。
しかし実際の任務は、国民の「未来予測値」を調整することだった。
未来予測値とは、国民が「この国は良くなる」と思っている割合を数値化したものである。
数値が高いほど、消費は伸び、投資は増え、出生率もわずかに改善する。
数値が低いと、貯金が増え、挑戦は減り、誰もが眉をひそめてニュースを見る。
バブル崩壊後、予測値は急落した。
そこで政府は、特別予算を組み、期待局を拡充した。
局長は会議室で言った。
「経済政策よりも、まず空気だ。空気が重ければ、人は動かない」
若い官僚が手を挙げる。
「しかし局長、実体経済が改善しなければ——」
「もちろん改善はする。だが順序がある。人が動けば経済は動く。経済が動けば統計が改善する。統計が改善すれば人が安心する」
彼はホワイトボードに式を書いた。
期待 → 行動 → 数値 → 安心 → 期待
「これが我々の方程式だ」
若い官僚は小声でつぶやいた。
「逆回転もしますが」
局長は聞こえなかったふりをした。
期待局はキャンペーンを始めた。
・成功した地方都市の事例を強調
・新技術の特集番組を制作
・「再挑戦」を称える広告
メディアは協力した。
「回復の兆し」
「再生の物語」
「挑戦する若者」
数値はわずかに上昇した。
株価が少し上がった。
消費も少し伸びた。
局長は満足した。
「ほら、社会的フラシーボは効く」
しかし三ヶ月後、予測値は再び下がった。
理由は簡単だった。
国民が電卓を叩き始めたのである。
年金の試算表。
人口推計。
財政赤字。
数値は静かに、しかし確実に未来を語っていた。
若い官僚が再び言った。
「局長、期待は薬ですが、基礎体力がなければ効きません」
局長は黙った。
そして窓の外を見た。
そこには建設中の巨大な門があった。
「空への門」と名付けられた国家プロジェクトだ。
未来都市構想。
宇宙産業振興。
夢を象徴する巨大建造物。
「象徴が必要なのだ」と局長は言った。
「人は門を見ると、その向こうに何かがあると信じる」
若い官僚は問う。
「本当に、向こうに何かあるのですか?」
局長は答えなかった。
ただ工事費の増額書類に署名した。
一年後。
門は完成した。
国民は写真を撮り、SNSに投稿した。
予測値は再び上昇した。
株価も上がった。
しばらくのあいだ、国は軽くなった。
やがて、門の向こうには何もないことが知られた。
ただの空だった。
だが、奇妙なことが起きた。
門をくぐった若者の何人かが、本当に宇宙産業の会社を作り始めたのだ。
何もない空を、事業計画書で埋め始めた。
局長は老いていた。
彼は最後の会議で言った。
「我々は空を作ったのではない。空を“見せただけ”だ」
若い官僚は首を振った。
「違います。空は最初からあった。
見えなくなっていただけです」
予測値はゆっくりと、しかし確実に上昇していた。
門の向こうに何もないことを知りながら、
人々はそこへ歩き続けた。
なぜなら——
何もないと知ったとき、
そこに何かを置けるのは、自分たちしかいないと気づいたからである。
あとがき
子どもの頃、私は世界名作劇場をよく観ていました。
なかでも強く印象に残っているのが、「ポリアンナ物語」です。
一般には「ポジティブシンキングの物語」と語られることが多い作品ですが、私の受け取り方は少し違いました。
あの物語が教えてくれたのは、ただ楽観的でいることではなく――同じ出来事でも、どう捉えるかによって、その後の行動が変わるということでした。
不幸や困難が消えるわけではありません。
物語のように、いつも都合よく事態が好転するとは限らないでしょう。
それでも、出来事の意味づけを変えることで、立ち止まるか、もう一歩踏み出すかが決まる。
前向きに捉えるというのは、現実から目を逸らすことではなく、前へ進むための“姿勢”を選び取ることなのだと感じています。
だから私は今も、楽観というよりも、行動を生むための視点の選択として、あの物語を思い出すのです。
ただし、物理法則・方程式の解はどう捉えても変わらないのでご注意を…
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