短編小説: 燃える海峡

燃える海峡

計算結果は、最初から変わらなかった。

「輸入原油、残り二十一日分」

淡々と表示された数字を、否定できる者はいない。
人工衛星の映像は嘘をつかない。
海峡に並ぶ炎の筋が、それを証明している。

「輸送船がまた一隻」

報告の声は静かだった。
怒号も悲鳴もない。あるのは、グラフが滑らかに下降していく様子だけだ。

制御室の中央テーブルに、もう一つの数字が置かれている。

「戦略抑止能力、完全」

それは誇らしげに、安定した値を示していた。

核弾頭は整備済み。潜水艦は深海に潜み、報復は保証されている。
本土侵攻の可能性は、統計的にゼロに近い。

「侵攻の兆候はありません」

誰かが言った。

「だが、船は沈んでいる」

別の誰かが言った。

沈黙が落ちる。

海上封鎖。宣戦布告なき圧力。
輸送船は狙われ、保険会社は撤退し、港は静まり返る。

「核で止められるのか?」

若い担当官が口にした。

答えは、誰もが知っていた。

核は、首都を焼く手を止めさせる。
核は、上陸する艦隊を躊躇させる。
だが、海峡で待ち伏せる無人機に対して、発射ボタンは押せない。

押せば、世界が終わる。

押さなければ、燃料が尽きる。

「米国は?」

誰かが尋ねる。

「共同声明は出ています」

それだけだ。

海は広い。同盟無しで守ることは出来ない。
しかし、それは重視されなかった。

大型スクリーンに都市の夜景が映る。
東京、大阪、名古屋。光の海。

あと二十一日で、その何割が消えるか。

「戦争ではない」

外務官が言う。

「封鎖です」

その違いは、統計表の脚注にしか存在しない。

核は完全だった。
侵攻は起きない。政権は存続する。
国家は地図の上に残る。

ただし、経済は窒息する。

「選択肢は?」

議長が尋ねる。

「核使用は合理的ではありません」

分析官が即答する。

冷たい。
あまりに冷たい。

だが、それが答えだった。

核は最後の保険だ。
だが、保険は日々の食卓を守らない。

制御室の空気は乾いている。
英雄的な音楽も、愛国的な演説もない。
あるのは数字だけだ。

「輸入原油、残り二十日分」

数字は一つ減った。

核は沈黙している。
潜水艦は深海で静かに息を潜める。
世界はまだ終わっていない。

だが、都市の光はわずかに揺らいだ。

冷たい海峡に、炎がまた一筋走る。

そして誰かが、ようやく口にした。

「これが、抑止の成功なのか?」

誰も答えない。

計算結果は、最初から変わらなかった。



あとがき

パラダイム・シフトとは、それまで当たり前だと思われていた考え方や前提が大きく変わり、新しい見方や価値観に置き換わることをいいます。

もし日本が核武装すれば、それは一つのパラダイム・シフトになるでしょう。これまで私がAIとの対話の中で指摘してきた核武装の問題点も、前提そのものが変われば、違った評価を受ける可能性があります。核武装が「現実的な選択」として語られる世界になるのかもしれません。

私は自分を理想主義者だとは思っていません。戦争が完全になくなるとは考えていませんし、国家が安全保障を真剣に考えなければならないことも理解しています。現実は厳しいものです。

それでも、一瞬で何百万人もの命を奪う力を持つ兵器が存在することを「仕方がない」と受け入れるこはできません。

日本は被爆国として、核兵器の悲惨さを実体験として知っている国です。その立場から核廃絶を訴える権利があると思っています。その権利を自ら手放してしまうことには賛成できません。

「核兵器があるから戦争が抑止されている」というのは、冷たい方程式ではありません。一つのパラダイムです。
強大なパラダイムですが、核兵器による大きな事故が起こればパラダイム・シフトするのではないかと思っています。出来ればそんな悲惨な事故が起こる前にパラダイム・シフト出来れば良いと思っています。

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