短編小説: 愛すべき未来予測

愛すべき未来予測

男の名前は確 信太郎(かく・しんたろう)。

彼は未来予測を愛していた。
未来そのものではなく、「確定した未来」を愛していた。

彼の本棚には並んでいる。

  • 「人口爆発で世界は飢える」と書かれた
    人口爆発

  • 「資源は尽きる」と警告した
    成長の限界

  • 「地球は寒冷化へ」と煽った
    Newsweek の古い特集号

どれも予測は外れた。

だが彼はそれを失敗の証拠とは思っていない。

「当時はデータが未熟だったからだ」

と彼は言う。

「しかし今は違う」

今回の予測は精緻だ。

AIがあり、ビッグデータがあり、
シミュレーションはスーパーコンピュータで回る。

グラフは滑らかに右肩へ伸び、
破滅は理路整然と近づいてくる。

「今回は科学的だ」

彼は断言する。

過去の予測が外れた理由も、彼は知っている。

  • 人々が対策を取ったから

  • 技術が進歩したから

  • 想定外があったから

つまり、

「今回は対策しても無駄なほど確実なのだ」

と彼は結論する。

ある日、友人が言った。

「でも、今回も外れる可能性は?」

彼は少しだけ不機嫌になる。

「確率は低い」

「どれくらい?」

「ほぼゼロだ」

彼は確率をゼロに近づける作業が好きだった。
ゼロにすれば、不安が消えるからだ。

数十年後。

世界は破滅しなかった。

だが予測された形でもなかった。

問題は別の姿になり、
誰も予想しなかった角度から現れた。

彼は言う。

「これは予測が間違っていたのではない。
前提条件が変わったのだ。」

本棚は増え続ける。

新しい「今回は違う」が、
古い「今回は違う」の隣に並ぶ。

彼は今も未来を確信している。

過去が何度裏切っても、
未来は裏切らないと信じている。

なぜなら、

未来が外れると認めることは、
自分の確信が揺らぐことだからだ。

そして人間にとって、
世界が揺らぐことよりも、
自分の確信が揺らぐことの方が、ずっと怖い。

あとがき

現在、盛んに語られている未来予測には、地球温暖化の進行やAIによる雇用の変化といったテーマがあります。もちろん、これらが数十年後にどのような現実となっているのかは、現時点では誰にも正確には分かりません。私はこうした予測に対して、やや懐疑的な立場を取っています。というのも、過去を振り返れば、大きく外れた未来予測が少なからず存在するからです。

「現代の予測は技術の進歩によってより精度が高い」という意見もあるでしょう。しかし、数十年後の視点から見れば、現在の予測もまた不正確なものとして評価される可能性は十分にあります。

そう考えると、私のように未来予測に対して懐疑的である人が、もう少し多くても不思議ではないように思えます。それにもかかわらず、実際には多くの人がそれほど懐疑的ではないように見える――その点に、私は強い違和感を覚えています。

そして、そんな問題への対応を行うより、普遍性のある大きな目標を設定して、それに向かって邁進するような社会でありたいと思っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました