短編小説: 終わらない進捗

終わらない進捗

男の名前は進藤効率(しんどう・こうりつ)。
彼は「仕事を速く終わらせること」に人生を捧げていた。

入社初日、彼は先輩から言われた。
「この資料、今日中でいいから」

進藤は2時間で終わらせた。

「もう終わりました」
「え? じゃあこれもお願い」

その日、彼は合計8時間、働いた。
終わった仕事の量は、同期の3倍だった。

だが評価は、同じだった。

1ヶ月後。

進藤は作業をさらに効率化し、
マクロを組み、テンプレートを整備し、
無駄な会話を排除した。

彼は、誰よりも早く仕事を終わらせた。

「進藤くん、ちょっといい?」
上司は嬉しそうに言った。
「君、余裕あるよね。新しい案件、任せたいんだ」

その日から、彼の机の上には
“特別な仕事”が積まれるようになった。

半年後。

進藤の仕事は、誰よりも速く、誰よりも多くなった。

彼は気づいた。

自分が速く終わらせるほど、
次の仕事が早く来る。

そして、誰もそれを「負担」とは呼ばない。
「信頼」と呼んだ。

1年後。

人事評価の面談。

「進藤くんは本当によくやっている」
「会社としても期待しているよ」

進藤は少しだけ期待した。
給与が上がるのかもしれない、と。

「だから来期からは——」

上司は資料をめくった。

「チーム全体の生産性向上をリードしてほしい」

進藤は頷いた。

その瞬間、彼の仕事はさらに増えた。

2年後。

進藤は部内で最も忙しい人間になっていた。

彼はもう、効率化をやめていた。

だが、遅くしても意味がないことに気づいた。

一度「速い人」と認識されると、
仕事は自動的に彼のところへ集まる。

まるで重力のように。

ある日、新人が入ってきた。

「進藤さんって、仕事めちゃくちゃ速いですよね!」
「コツとかあるんですか?」

進藤は少し考えた。

「あるよ」

新人は目を輝かせた。

進藤は静かに言った。

「全部やるな」

新人は笑った。冗談だと思った。

進藤も、昔はそう思っていた。

その日の夕方。

新人は張り切って、仕事を早く終わらせた。

「終わりました!」

上司が顔を上げた。

「お、いいね。じゃあこれもお願い」

進藤はその光景を見ていた。

何も言わなかった。

帰り道、進藤はふと思った。

この会社には、終わりがないのではないか。

仕事は減らない。
ただ、形を変えて増え続ける。

効率とは、
仕事を終わらせる技術ではなく、
仕事を呼び寄せる能力なのかもしれない。

翌朝。

進藤の机の上には、見慣れない書類が置かれていた。

表紙にはこう書かれている。

「全社業務効率化プロジェクト」

彼は静かに席に座り、
パソコンを開いた。

そして、最初の一行を書いた。

「本プロジェクトの目的は、業務の効率化により——」

その瞬間、彼は理解した。

この文章が完成したとき、
さらに多くの仕事が生まれることを。

そしてそれは、
おそらく誰かの机の上に積まれる。

もしかすると、それは——

少しだけ遅れて、
自分の机の上に戻ってくるのかもしれない。

あとがき

中学生の頃、友人と労働時間について話したことがあります。
そのとき私は、ショベルカーやブルドーザーといった重機を例に挙げ、「こんなに効率が上がっているのに、結局8時間働き続けるのはおかしいのではないか」と疑問を投げかけました。

それに対して友人は、「効率が上がった分だけ働く時間を減らしてしまったら、進歩がないじゃないか」と言いました。その一言に、私は妙に納得してしまったのを覚えています。

そして今、コンピュータの進化やAIの登場によって、当時とは比べものにならないほど効率が向上しています。それでもなお、多くの人が変わらず8時間働いています。

だからきっと、減らされなかったその時間の中で、何か別の“進歩”が起きているのだと思います。


コメント

タイトルとURLをコピーしました