優秀な人たち
宇宙船《国家号》は完璧な船だった。
なにしろ、操縦室には
最も優秀な人たちが集められていた。
彼らは同じ大学の、同じ学部を出ていた。
同じ試験に合格し、同じ法律を学び、同じ答えを書いてきた。
つまり、とても優秀だった。
ある日、機関室の技師が操縦室にやってきた。
「船長、問題があります」
「どうした」
「冷却装置が足りません」
操縦室の人々は顔を見合わせた。
「冷却装置?」
「はい。エンジンの出力に対して排熱が足りません。このままだと船の温度が上がります」
長老が言った。
「規則には冷却装置の数が書いてある」
「ええ、でもそれは三十年前の設計です」
「設計は法律に基づいている」
技師はため息をついた。
「熱は法律を読みません」
操縦室の一人が笑った。
「それは面白い比喩だ」
別の者が言った。
「しかし制度には整合性が必要だ」
三人目が言った。
「前例も重要だ」
数ヶ月後、操縦室は新しい政策を発表した。
「冷却装置問題検討委員会」
さらに
「冷却装置長期戦略会議」
そして
「冷却装置に関する有識者懇談会」
が設置された。
機関室では温度が上がり続けていた。
技師が再び計算した。
発熱量。
排熱能力。
エネルギー出力。
結果はシンプルだった。
三年後、臨界。
技師は計算書を操縦室に持っていった。
長老はそれを見て言った。
「しかしこれは制度上の問題ではない」
「物理の問題です」
「物理には専門家がいるのか?」
「ええ、機関室に」
操縦室は静かになった。
やがて一人が言った。
「しかし機関室の人間は制度を理解していない」
別の者が言った。
「法律を学んでいない」
三人目が言った。
「政策判断は難しい」
長老が結論を出した。
「では、こうしよう」
彼は静かに宣言した。
「冷却装置は十分である」
理由は簡単だった。
「これまで問題が起きていないから」
その日、宇宙船《国家号》の温度は
0.03度上がった。
誰も気づかなかった。
操縦室では祝賀会が開かれていた。
「素晴らしい政策決定だった」
「制度の安定を守った」
「我々は合理的だ」
機関室の技師は最後の計算をした。
温度。
排熱。
時間。
彼はメモを書いた。
方程式は間違っていない。
間違っているのは、方程式を知らない人が操縦していることだ。
宇宙船《国家号》は今日も静かに航行している。
とても安定している。
とても優秀な人たちが
完璧に操縦しているからだ。
そして船のどこかで、
温度はまた 0.03度 上がった。
あとがき
日本の政治について語られるとき、問題はしばしば政治家の資質に求められます。
しかし、実際に政策を構想し、それを立法という形にまでまとめ上げられる政治家は、決して多くないように思えます。
そう考えると、日本の政治に大きな影響を与えているのは、むしろ官僚ではないでしょうか。
政策の設計や制度の細部は、官僚によって作られている部分が大きいように感じられます。
そして、その官僚の多くが特定の学問分野に偏った教育を受けているとすれば、政策の方向性にもその影響が表れるのは自然なことかもしれません。
AIに官僚の出身学部について尋ねてみたところ、実際に法学系の出身者が多いという傾向があることを知り、なるほどと得心しました。
そうであるならば、官僚の採用方法についても見直す余地があるのではないでしょうか。
現在のように新卒の学部生を中心に採用する仕組みだけでなく、民間である程度の経験を積んだ人材を登用するなど、別の基準を取り入れることも考えられるように思います。
社会の仕組みが複雑化している現在、行政にも多様な視点や経験が求められています。
さまざまな分野で実務経験を積んだ人材が政策形成に関わるようになれば、日本の行政のあり方も、今とは少し違ったものになるのではないでしょうか。
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